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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)1436号 判決 1983年12月06日

上告人

寝屋川市

右代表者市長

西川忠博

右訴訟代理人

俵正市

草野功一

弥吉称

重宗次郎

苅野年彦

坂口行洋

寺内則雄

被上告人

野矢重雄

右訴訟代理人

南逸郎

藤巻一雄

大澤郁夫

主文

原判決中上告人敗訴部分を破棄する。

前項の部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

上告代理人俵正市、同草野功一の上告理由について

一原審の適法に確定したところは、おおむね次のとおりである。

(一)  上告人寝屋川市は、昭和四二年一一月六日、同市を施行者とする寝屋川都市計画街路池田秦線道路工事の告示をし、同年末頃寝屋川市大利町付近の土地所有者らに対し説明会を行い、上告人市の北川助役と道路用地買収交渉事務担当の平尾都市計画課長(以下「平尾課長」という。)は、「土地買収にあたつては、市有地との交換はしない。買収協力者に対し優先的に買収土地のうち道路用地に供しない残地を払い下げる。」旨の基本方針を説明した。

(二)  上告人市は、昭和四三年九月二八日被上告人に対し、右道路用地に供するため被上告人所有の本件(一)土地(第一審判決添付目録記載(一)の土地をいう。以下同様にいう。)の買収の申出をし、交渉のうえ同四四年二月一三日同土地のうちの北側部分である本件(二)土地を代金八二万二三六〇円(一平方メートル当り三万三〇〇〇円)で買い受けた。

(三)  被上告人は右買収交渉の過程において代替地の斡旋を要請したところ、平尾課長個人の斡旋により寝屋川市香里園に土地が見つかり、同土地に移転するつもりになつて上告人市との具体的な補償交渉に入つたが、両者間で商品補償額について折合いがつかず、右買収交渉は難航した。

(四)  昭和四四年、上記のような交渉状況にあつた中で、平尾課長は、被上告人に対し、「本件(一)土地のうち道路用地として必要な北側24.92平方メートル(本件(二)土地)を買収しその余の部分である本件(三)土地は買収しない。上告人市が訴外伊藤不二郎から買収した土地の一部である本件(四)土地は道路用地としない残地であり、これに隣接した本件(三)土地を所有していると、これまでの例からして被上告人は本件(四)土地の払下げを受けるのに有利であり、他に優先者のない限り被上告人に払い下げる。これは市長の承認も得ており、その際の払下価格は買収価格(一平方メートル当り三万三〇〇〇円)に金利、事務諸経費を加算した額となる。」旨説明し、本件(二)土地の買収を申し出たが、被上告人から右(二)土地買収契約書中に本件(四)土地を払下げる旨を記載してほしいと申入れたのに対しては、市議会との関係上困難であるなどの理由でこれを拒否した。

(五)  被上告人は、昭和四四年三月及び同四五年四月に本件(四)土地の払下げ要望書を提出し、その後も毎年のように口頭で同趣旨の要望を続け、いずれ本件(四)土地の払下げを受けられるものと信じ、同所で呉服商を再開するまでの準備のつもりで訴外小林乙次郎(以下「小林」という。)から近隣の土地である六〇番の一八宅地約一五坪及び同地上の店舗を買受け同所で呉服商を続け、本件(三)土地上にも建物を建て商品の保管などに使用していた。

(六)  上告人市は、昭和四四年頃、小林に対しても同人所有の寝屋川市北大利町所在の三三番の三七ないし四〇などの土地及び本件(六)土地の買収の申出をして買収交渉に入つた。小林は、右北大利町の各土地についてはすべて買収に応じたが、本件(六)土地については、上告人市が所有者から道路用地として買収した本件(四)土地を含む六〇番八ないし一二及び一四(分筆前のもの)の土地のうち道路用地に供しない残地が第三者の所有に帰すると本件(四)土地と隣接する小林所有の大利町六〇番の一の土地の利用価値がなくなるから本件(六)土地は右買収残地との交換の方法による買収でなければ応じないこと、右買収残地のうち本件(四)土地の払下げを要望している被上告人との間は小林において解決すること、当分の間本件(六)土地を本件道路用地として上告人市に無償貸与することとの申出をした。

(七)  上告人市は、右小林の申出により本件(六)土地を本件道路用地として無償で借り受けて、道路工事を竣工させ本件道路を新設するに至つた。

(八)  上告人市は、昭和四八年八月頃、買収残地の払下げにあたり、本件(四)土地については、小林が前示北大利町の各土地の買収協力者であり、かつ、昭和四四年頃から同四八年までの間、本件(六)土地を道路用地として無償貸与してきた者であるため、小林の当初の申出どおり、既に道路敷地とされている小林所有の本件(六)土地と上告人市所有にかかる本件(四)土地などの買収残地とを交換することに決定し、同年九月六日、小林から被上告人との間は同人において解決する旨の確約書を提出させたうえ、これらの土地の交換契約を締結し、同月一七日その旨の所有権移転登記を了した。

(九)  小林は、昭和四五年秋頃、被上告人所有の本件(三)土地及び同地上の建物と小林所有にかかる土地、建物との交換を申し出たが、被上告人は立地条件が悪いことを理由として拒否し、その後両者間の解決がはかられないまま前記のとおり小林が本件(四)土地を交換により取得するに至つたところ、昭和四九年五月、小林の代理人奥村久雄は被上告人に対して本件(四)土地を代金六二一万円(一平方メートル当り一三万六〇六四円)で売渡す旨の申込みをし、昭和四八年八月ごろまでは本件(四)土地の払下げを受けられると信じて右土地で呉服商を再開するつもりでいた被上告人は、右土地を必要としたため右申込みを承諾し、小林から本件(四)土地を買受け、所有権を取得した。

二被上告人の本訴予備的請求は、以上のような事実関係に基づき、上告人市の都市計画課長で道路用地買収交渉担当者であつた平尾課長が、本件(一)土地の買収交渉過程において、本件(一)土地のうちの北側部分の本件(二)土地だけを買収しその余の部分である本件(三)土地を被上告人の所有のままにしておくと、他に優先者のない限り本件(四)土地を被上告人に払下げるとの趣旨の申出をしたので、被上告人は右平尾課長の申出を信頼して、本件(二)土地の買収に応じたものであるから、上告人市は信義誠実の原則あるいは禁反言の法理によつて右申出どおり本件(四)土地の払下げを履行すべき義務を負い、被上告人は優先的に上告人市から本件(四)土地の払下げを受けうる法的地位を取得したのに、上告人市は右被上告人の利益を無視して本件(四)土地その他の買収残地と小林所有の本件(六)土地とを交換し、もつて被上告人の右優先的に払下げを受けうる法的地位を侵害して合計金九三〇万三八八〇円の損害を与えたとして、上告人市に対してその賠償を求めるものである。そして、右被上告人主張にかかる損害の内訳は、(1) 前記小林からの本件(四)土地の買受代金六二一万円から右土地を上告人市から払下げを受けた場合に支払うべき代金一五〇万六一二〇円を控除した残額四七〇万三八八〇円、(2) 本件(四)土地の払下げを受けて本件(三)土地と合わせてそこに店舗を新築する予定であつたのに、上告人市から右(四)土地の払下げを受けられなかつたため昭和四八年九月から同四九年五月末日まで右店舗の新築ができなかつたことにより喪失した営業の利益三六〇万円(月四〇万円の割合による。)、(3) 慰藉料一〇〇万円、というものである。

これに対し、原判決は、右(2)の営業利益喪失による損害の賠償を請求する部分については、被上告人は上告人市から確定期限付きで本件(四)土地の払下げを受けるべき地位を有していたとは認められないから右被上告人主張の期間に予定していた営業利益を得られなかつたとしても、これを不法行為による損害とみることはできないことを理由として、また、(3)の慰藉料請求については、本件において財産上の損害の賠償をもつて満足すべきであることを理由として、いずれもその請求を棄却すべきであるとしたが、(1)の被上告人の優先的に払下げを受けうる法的地位の侵害による損害の賠償を請求する部分については、(一) 平尾課長が昭和四四年二月一三日被上告人に対し他に優先者のない限り本件(四)土地を払下げる旨明言していたものであるから、他に優先者のない限り上告人市から本件(四)土地の払下げを受けうる法的地位(利益)を取得したものというべく、上告人市はこれまでの払下げ実例における取扱い及び信義則に従つて、被上告人に優先する者がいないときは同土地を被上告人に払下げる義務を負うに至つたというべきである、(二) 本件(四)土地については被上告人と小林のほかに払下げ又は交換の申請者はないところ、右両名はいずれも上告人市の施行する道路新設工事のためその所有土地を道路用地として上告人市に売り渡してこれに協力した者であり、かつ、いずれも本件(四)土地の隣接地の所有者であるが、本件(四)土地の払下げについては被上告人の方が小林に明白に優先すると判断し、それゆえ上告人市がこの点を顧慮することなく本件(四)土地を交換の方法で小林に取得させたのは、他に優先者のない限り払下げを受けうる被上告人の法的地位を違法に侵害したものというべきであるとして、小林からの買受代金六二一万円から、本件(四)土地につき上告人市が昭和四三年一二月二七日所有者から買収した価格一五〇万六一二〇円(一平方メートル当り三万三〇〇〇円)に同日より本件不法行為の日である昭和四八年九月一七日(上告人が本件(四)土地の所有権を交換により小林に移転した日)までの間(四年一〇月)の金利及び経費を加算した合計金二二三万四〇七八円を控除した残額三九七万五九二二円を被上告人の被つた損害額であると認め、右合計額及びこれに対する不法行為の日よりのちである昭和四九年四月二八日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で被上告人の予備的請求を認容した。

三ところで、およそ地方公共団体においては、地方自治法等関係諸法令により機関の設置、権限、事務の分掌が定められており、原審の確定したところによれば、上告人市の都市計画課長にすぎない平尾課長は、単に本件道路用地の買収交渉事務を担当していたにとどまり、用地買収につき売買契約の締結権限を与えられていたのではなく、ましていつたん道路用地として買収され上告人市の所有となつた土地のうち道路敷地として使われなかつた残地の払下げに関する売買契約締結権限を授与されていたものとは特別の事情のない限り考えられないところであるうえ、このような売買契約締結は市議会の承認事項であることも関係法令により窺えるところである。そして、右平尾課長の被上告人に対する残地払下げに関する原判示の言辞にしても、その趣旨とするところは、残地の払下げについては、買収協力者であり、かつ、当該残地に隣接して土地を所有する者に優先的に払下げるという上告人市の従来の取扱の抽象的基準を示し、右基準によれば、被上告人が本件(四)土地に隣接する本件(三)土地を所有していれば、他に優先者のない限り払下げを受けられる可能性が高いというにすぎないものと理解されるのであり、また、平尾課長は、被上告人が本件(二)土地の売買契約書に将来本件(四)土地を払下げる旨を明記するよう申し出たのに対し、市議会との関係上できないとしてこれを拒否しているのであつて、もとより本件(四)土地の払下げにつき売買予約がされたり、その払下げが本件(二)土地の売買の条件とされたわけではない。

そうすると、前示のような権限しかない平尾課長の言辞によつて示され、被上告人が信じたとする被上告人の本件(四)土地の払下げを受けうる地位(利益)なるものは、上告人市の従来の一般的取扱によれば、右土地が将来道路敷地の残地とされて払下げられる場合には、他に優先者がなければ、被上告人が買収協力者であり、かつ、右土地の隣接地所有者として右土地の払下げを受けうる可能性が高いという程度のかなりの不確定的要因を含む事実上の期待的利益でしかないというほかはない。そして、上告人市から交換により本件(四)土地を取得した小林とても北大利町所在の多数筆の自己所有地につき本件道路敷地として買収に応じた買収協力者であるうえ、本件(六)土地についても昭和四四年頃から同四八年九月までの間これを道路敷地として上告人市に無償で提供し、かつ、被上告人同様に本件(四)土地に隣接した別の土地(六〇番の一)を所有していた者なのであるから、上告人市が、小林の申出に応じ、小林所有土地のうち一部は買収により一部は残地との交換により本件道路用地の取得をはかつたため、小林に本件(四)土地の所有権を取得させるに至つたとしても、右の交換は、いわば上告人市の道路用地獲得の手段としてされたものなのである。この結果被上告人が本件(四)土地の払下げを受けることができなくなつたとしても、被上告人にとつて右のような事実上の期待的利益がその期待をみたされないで終るというにすぎないのであり、被上告人の右の地位(利益)を失わせた上告人市の前示行為は、その被侵害利益の面からみてもまた行為の態様、程度の面からみても、いまだ違法性を有するものとすることはできないというべきである。

四以上説示したところによれば、被上告人主張の不法行為が成立するものとし、被哉告人の予備的請求を前示の限度において認容した原判決は、法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、右違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、この点を指摘する論旨は理由があり、原判決中右認容部分すなわち上告人敗訴部分は破棄を免れない。そして、前記事実関係のもとでは、被上告人の予備的請求中、右の部分に関する請求は失当として棄却すべきものであるから、これと同旨の第一審判決は正当であり、被上告人の控訴は理由がないものとして、これを棄却すべきである。

よつて、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(伊藤正己 横井大三 木戸口久治 安岡滿彦)

上告代理人俵正市、同草野功一の上告理由

被上告人(控訴人)の予備的請求を認容した原判決には、民法第七〇九条の解釈、適用を誤つた違法が存する。

民法第七〇九条の「権利」「侵害」については、厳密な意味での権利とはいえなくとも、法律上保護すべき利益の違法な侵害であれば足りると解され、違法性の判断は、被侵害利益の種類と、侵害行為の態様との相関関係において考察すべきであるとされている。

右のような近時の違法性を前提としても、上告人に不法行為による損害賠償責任を認めた原判決の判断は、民法七〇九条の解釈、適用を誤つたものである。

一、原判決が認定する、被上告人の優先的に本件(四)土地の払下を受くべき地位(利益)は、法律上保護すべき利益とは認められない。

原判決は、第一審判決と同様に、本件(四)土地の売買契約が締結された事実を認めるに足りる証拠のないことを認定しながら、被上告人の前記地位および上告人によるその違法な侵害を認定することによつて、結局、売買契約の成立を認めるのと同じ効果を与えている。

しかし、そもそも上告人は、道路残地を当然に一般私人に払下げる義務を有するものではなく、ましてや何人に払下げるかについても、ほんらい上告人が自由に判断すべき事項である。

また、上告人は、被上告人より本件(二)土地の適正な価格で買収しているうえ、右買収に際して、本件(四)土地の払下、売渡しを条件とした事実もないし、その必要性もない。

したがつて、上告人が被上告人に対し、本件(四)の土地を払下げる可能性があり、被上告人がその土地の払下げを受けられるであろうと期待していたとしても、その期待や地位は、きわめて不安定かつ不確定なものであつて、未だ法的保護に値する利益であるとは到底いえない。ましてや、原判決のように「他に優先者がない限り……」との条件をつけ、優先権の有無や優先順位について、比較、判断しなければ払下げが受けられるかどうかを確定できないような利益、地位に法的保護を与えることはきわめて不当である。

いわゆる期待権侵害による不法行為の成立を認めた事案としては、最高裁第一小法廷昭和三九年一月二三日判決(民集一八巻一号九九頁)が存するが、これは停止条件の成就を故意に妨げたという民法第一二八条に関するものであつて、本件事案と同一に論じられるべき性質のものではない。

二、原判決は本件(四)の土地の払下げについて、訴外小林乙次郎よりも被上告人が明白に優先するとして、被上告人に払下げなかつた上告人の行為が違法であると判断しているが、不当である。

1 原判決の右判断は、本件交換が小林に「必要以上の多額の利益を与え、他方控訴人(被上告人)の生活の基盤となる本件(四)土地取得の利益を全く無視した著しく偏頗、不公平で、これまでの被控訴人(上告人)の取扱いおよび買収方針に反する」ことを理由としている。

しかし、上告人の交換はしないという買収方針は、買収協力者の需要に見合う残地が存しないことを理由とし、主に残地以外の上告人所有地との交換(いわゆる代替地の提供)をしないことを意味するものであつて、道路供用開始後相当年月を経た後における事業遂行上の措置として行なつた本件交換行為までを禁じる趣旨のものではない。

2 原判決が小林に必要以上の多額の利益を与えたことの主要な根拠として、本件(四)の土地を時価相当代金額で他に(被上告人に)転売して多額の利益を得ていることを挙げている。しかし、小林は本件(四)土地の外五筆の土地を取得する反面、これらの土地と等面積の本件(六)土地を二年前から道路用地として提供していたうえ、その所有権を上告人に移転しているのである。

また、小林が本件(四)土地以外の取得地を他に売却したことは本件全証拠によつても認められず、現にその事実は存しない。

小林は、上告人間との確約書に基づく措置として本件(四)土地を被上告人に時価相当額で買却しているのであつて、前記事情を考慮すれば何ら不当な利益を得たものではない。

これらのことから、上告人が本件(四)土地を小林に払下げることと比較した場合はもちろん、被上告人に対し原判決認定にかかる買収当時の価格を基に払下げることと比較しても、小林との間の本件交換の方が妥当な措置であるというべきである。

3 一方、原判決は、本件(三)土地は本件(四)土地と合わせて利用するのでなければ、被上告人にとつて著しく利用価格値の低いものであると認定している。

しかし、被上告人が本件(四)土地を取得した後、現実に本件(三)土地と合わせて利用していることについては、証拠上も全く顕われておらず、現にそのような事実も存しないのである。

また、原判決は、小林にとつて本件(四)土地などの買収残地が第三者の所有に帰しても六〇番の一の土地の利用価値には何ら変動を来たすべきものはない旨認定しているが、小林、被上告人の双方にとつて自己の所有地や道路に隣接する土地を取得することは利益になるとみるべきであつて、原判決のような一方的な認定をすること自体きわめて極端かつ偏頗な判断であるといわなければならない。

4 原判決は、本件(四)土地について上告人が小林の交換申出に応じる必要がない理由として、上告人には土地収用法による手段もあることを根拠にするかの如き言辞を示している。

しかし、今日、土地収用法による収用について、裁判例や世論は、できるかぎりこれを避けることを求める傾向が強く、行政実務上も一般の道路開設については土地収用法による強制手段は採つていないのが現状である。

しかるに、小林に対しては、土地収用法によつて強制収用の手続をしてでも、被上告人に本件(四)土地の払下をしなかつたことが違法であるやに受取られる原判決の判断はきわめて不当である。

5 上告人は原判決が指摘する、本件交換にあたつて被上告人に事情説明しなかつたことや被上告人間との問題解決、調整を私人である小林のみに委ねたことについては、公共団体として適切さを欠く措置であつたと反省している。

それ故にこそ、上告人は理論上、実務上に若干問題の存する被上告人の残地補償については不服申立てをしなかつたのである。

逆に言えば、本件(四)土地の払下げを受けるために残地補償請求権を行使しなかつた被上告人としては、残地補償が認められることによつて払下げを受けられないことを甘受すべきであると考えられるのである。

6 本件(四)土地について、被上告人と小林はいずれも道路開設の協力者であり、本件(四)土地の隣接地の所有者であつて、右土地をいずれに払下げないし交換するかは、上告人の裁量権の範囲内における措置であり、本件交換行為が被告人の地位を侵害し、違法であるとする原判決の判断は、民法第七〇九条の解釈、適用を著しく誤つたものであつて、到底承服できない。

7 原判決は、前記上告人の裁量権内の問題や行政上の不適切さを違法性の評価にまで高める誤りを犯す一方、その結果生じる過度の不公平さを回避するため、被上告人の営業上の逸失利益を否定するとともに、本件(四)土地の払下価格について、買収価額のほか、証拠上認定の困難な、金利および事務経費を加算することによつて、賠償金を減額算定するという妥協的かつ政策的な判決をしている。

上告人のみならず、公共道路の確保、取得にあたつては、本件事案と同様、買収残地とそれを上回る払下希望者の発生が不可避である。

その場合に、払下げを受けられなかつた者が、払下げを受けた者との関係で、優先権の有無や優先順位の判定について不服を唱え、原判決のような理論構成と判断の下に払下げるべき者を誤つていたとして、不法行為による損害賠償責任を認定することは、単に行政運営上多大の支障をきたすにとどまらず、行政権との関係で司法権の範囲を逸脱して越権作用であるとも考えられる。

上告人が前記不法行為理論に関する法令違反とともに、上告審の判断を仰ぐゆえんである。

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